シンガポール・戦争記念公園(日本が関係する悲しい事実)

シンガポールの戦争記念公園は、日本が多くのシンガポールの人を犠牲にした事実を現代に伝える公園です。公園中央には巨大な白い塔が立ち、日本の過ちを堂々と示しています。

↑塔の土台部にはJAPANESEの文字

日本が犯した過ちとは、シンガポールの人たちを大量虐殺した事です。日本側は処刑した人数は5千〜6千人と言い、シンガポール側は10倍の4万〜5万人と言っています。どちらにせよ虐殺が行われた事は事実で、日本はシンガポールに賠償金を支払い一応の決着はつきました。

なぜ虐殺が起きたかというと、第二次世界大戦中、日本がシンガポールを支配するところから始まります。もともとシンガポールはイギリスが支配していましたが、日本がイギリスに戦いを挑み、勝利。無条件降伏をさせた上でシンガポールを支配下におきます。ここから虐殺が始まります。

処刑のターゲットはチャイニーズ系のシンガポール人。実はシンガポール人の約7割は中国人の血が流れており、大戦中、敵国である中国に協力されたらたまったもんじゃないということで疑わしい者は全員処刑していきます。日本の支配は3年で終わりますが、犯した罪は重く、この公園と塔が現代人に痛ましい歴史を伝えています。

この日本の3年間の支配は本当にひどかったらしく、シンガポール人に独立国家として歩みだすきっかけを作ったと言われています。日本がシンガポールを支配するまでは、オランダやイギリスのゆるい管理の中、特に不満なく暮らしてきたシンガポール人。しかし日本のひどい支配、守ってくれないイギリス、傍観する他国・・・外国の人間はシンガポール人の生活や幸福に関心が無いことに気づかされ、ようやくシンガポール人に自立の意識が芽生え始めます。

このような歴史を見ると、シンガポール人は日本人を憎んでいるような気がしますが、戦後に生まれた人たちはむしろシンガポールに多く投資している日本人に感謝や憧れを抱いているそうです(もちろん日本支配を経験した人は憎んでいると思いますが)。複雑な気持ちになりますが、美しい観光スポットを巡るだけではなく、ここまでこの国が発展した歴史的背景に触れると、少し旅に深みが出るのではないでしょうか。

詳しく日本とシンガポールの歴史を知りたい方はここから地下鉄で30分ほどで行ける「旧フォード工場」へ行くことをお勧めします。この旧フォード工場は日本がイギリスを倒して無条件降伏に調印させた場所で、中は日本とイギリスの戦い、日本のシンガポール支配に関する博物館となっています。

参考URL:旧フォード工場(Former Ford Factory)

おすすめ度6(10点中)・・・ここは公園と塔しかありませんが、日本とシンガポールの歴史を感じることができると思います。できれば事前にシンガポールの歴史を調べてから来ると、色々考えさせられると思います。